では、なぜ1本の歯を修復するのに、他の歯に大きな犠牲を強いなければならないのでしょうか?
それは、最初にお話ししたように、上の歯と噛み合うための力(50~100kg)に耐えうる十分な支えが必要になるためです。
その支えを両隣に求めるがために、両隣の歯を削ったり、留め金をかけたりしなければいけません。また、歯グキに負担を求めようとするがために、歯グキの上に大きなプラスチックを乗せるなど、非常に効率の悪い方法により、修復をしなければなりません。
では、ここで原点に立ち戻って考えてみましょう。
本来の自分の歯は、一体どこでその負荷を支えていたのでしょうか?
歯周病のトピックの項目でもお話しましたが、顎骨といういわゆる顎の骨に支えられていました。
当然、新しく作る人工の歯に関しても、同じように骨(顎骨)に支えを求めれば、万事解決ということになるわけですよね。
そこで考えられたのが、インプラント(人工歯根)です。
インプラントは、歯の根と同じように、直接骨に埋め込まれることで、噛む力を骨に負担させることができます。
“骨に埋め込む”と言葉で言うのは簡単です。しかし、骨に支えを求めるということは、異物を骨の中に入れるということです。
遥か以前から多くの研究者や歯科医が、様々な試行錯誤を繰り返してきましたが、異物を人体に入れるという性質上なかなかうまくいくものではありませんでした。
拒絶反応や感染症を引き起こし、すぐに抜け落ちてしまう等、様々な問題を起こし、なかなか実用化には至りませんでした。
しかし、現在では、適切な条件が整った環境下で適切な埋入手術を行えば、成功率95~99%というほぼ確立した治療法となっているのです。
では、他の歯に支えを求める治療をすることなく、インプラント治療をした場合の上述した例と同じ患者さんのお口の中の状態を、フローで見比べてみましょう。
このようになります。
加齢により、虫歯や歯周病で歯の自然喪失は起こりますが、ブリッジなどで治療した場合に比較して、大きな差が出るのがお分かりいただけたと思います。
このように、ブリッジ治療などにより人為的に歯を弱らせてしまうのは、非常にもったいないことです。
“よく噛める”“異物感がない”というのはよく聞かれるインプラントの大きなメリットですが、実はあくまで表面的なメリットなのです。
インプラントの本質的なメリットとは、“歯の喪失の連鎖”をストップさせることにあると私は考えています。
最初は、たった1本の欠損、たった1本のインプラントですが、少しだけ将来に目を向けてみてはいかがでしょうか。
厚生労働省の発表している、日本人の80歳での歯の平均残存数はブリッジや入れ歯が治療の主流だった1999年の時点では7~8本(歯は全部で28本)でした。
そのことからも前述した“ブリッジや入れ歯による治療を行った場合”の説明が大げさではなく、現実のものであるのがわかっていただけると思います。
その後インプラント治療や歯周病治療が普及し、2016年には80歳での残存歯数は16~17本まで増加しました。
また、歯科治療の先進国で、インプラント治療や歯周病治療を当たり前のように行っているスウェーデンやアメリカでは、80歳時の歯の平均残存数はなんと20~24本です。
したがって、前述の“インプラント治療を行った場合”の説明も、歯周病のケアも併せて行うことは前提となりますが、現実のものであるのがわかっていただけると思います。
以上、インプラントについて全くわからなかった、あるいは知っているつもりだったという方でも、分かるように、またより理解が深められるために、文章を作らせていただいたつもりです。
私自身、日々患者さんを治療する中で、健康保険が適用されるからというだけの理由で、安易に両隣の健康な歯を削ってブリッジにしてしまい、その末に著しいQOL(生活の質)の低下を招く“入れ歯”を入れるようになり、その入れ歯の違和感等により、著しい精神的苦痛を感じておられる患者さんを目の当たりにし、何とかこの現状を改善したい、との思いから、この文章を作成いたしました。
その他わからないことがあれば、メール相談フォームにてご相談も承っておりますので、遠慮なくご相談ください。
少しでも多くの方の歯を、1本でも多く残せることの一助となれば大変幸いです。